与謝野鉄幹と与謝野晶子の歌碑があります!函館 立待岬

函館 立待岬

立待岬は、北海道函館市住吉町にある津軽海峡に面した岬です。津軽海峡につきでた断崖上にあるため展望が良く、天気の良い日には下北半島を望むことができ、また夜には津軽海峡上のイカ釣り漁船に漁火が見られ、付近には与謝野鉄幹・晶子の歌碑も設置される函館の観光スポットです。

絶好のビューポイント!函館 立待岬

立待岬
市街地から見て函館山の左端に位置する立待岬は、海に突き出る形で海抜約30mの断崖がそそり立ちます。大森浜から湯の川温泉街へと通じる海岸線 と、津軽海峡を一望できる絶景の場所で、かつて、寛永年間には北方警備のため異国船の往来を監視する台場、明治時代には函館要塞の背後を防御する要塞が築かれました。

この岬は函館山の南東端にあり、北に函館市街、南に津軽海峡を挟んで天気がよければ下北半島や津軽半島を望むことができるところです。

昔は軍事目的に使われることが多かった場所です。谷地頭から岬に向かう道の途中には、石川啄木一族の墓があります。

啄木一族の墓の隣には、宮崎郁雨と砂山影二の歌碑が並んでいます。また立待岬には与謝野寛・晶子夫妻の歌碑があります。

立待岬の先端は絶好の展望スポット!

立待岬
「立待」という名は、一説でアイヌ語の「ピウス」(岩の上で魚を待ち伏せして、ヤスで獲る場所)を意訳したとされています。岬一帯の岩は、斜長石や角閃石などからなり、縞模様に見え、五稜郭築城の際、石垣の一部に使用されました。

立待岬の先端部分に立てば、タイタニックの船首に立ったような、海に浮いているような感じを体験できます。

全身に受ける海風と約3000度の水平線は丸く見えるほどになっています。夏に訪れると北海道特有の涼しさがあいまって言葉にならない気持ち良さを感じられます。

展望台付近は整備されているので、絶好のピクニックエリアになっています。ハマナスの花もたくさん咲いているので風景だけでもなく、花も楽しんでいただけます。

函館は石川啄木も愛した街!

石川啄木
 1907年5月5日~9月13日までの132日間に函館に滞在した歌人・詩人の石川啄木が死後葬られたのはここ。函館は妻や子供たちも後に呼び寄せて一緒に生活した地でもある。わずかな期間ではあったが、啄木にとって楽しい思い出の地でもあったようだ。それで石川啄木は生前「死ぬときは函館へ行って死ぬ」と言っていた(正確には後述の宮崎郁雨への手紙)らしい。

岬への取り付け道路は車一台分程度の幅である。車を利用しない観光客は函館市電谷地頭停留所から登り坂を10分程度上って岬に至るが、この坂の途中の墓地の一角に、石川啄木及びその一族の墓がある。

啄木は、2年弱に及ぶ北海道での放浪生活の第一歩を函館の青柳町で記しており、死後、左手に啄木の好んだ大森浜を望むこの地に、友人である宮崎郁雨らの手によって建てられたものである。

啄木自身も友人に当てた手紙の中で「死ぬ時は函館で」と言っていたようで彼の意見を尊重し、啄木がよく散歩していた大森浜を望む高台に作られました。

立待岬には名だたる文学者たちの記念碑が数多くあります

立待岬の歌碑
広場の一角には、与謝野寛・晶子の歌碑が建てられています。市立函館博物館の創設者だった岡田健蔵の功績を称えるため、1957(昭和32)年8月に建立。寛が岡田氏の親友・宮崎郁雨を読んだ「濱菊を郁雨が引きて根に添ふる立待岬の岩かげの土」、晶子による「啄木の草稿岡田先生の顔も忘れじはこだてのこと」との短歌が刻まれています。

与謝野寛・晶子の歌碑や宮崎郁雨一族の墓など、名だたる文学者たちの記念碑なども数多くあり、文学の好きな人にもおすすめのスポットでもあります。

岬の左手には石川啄木が好んで散歩したといわれる大森浜も臨めます。見渡す限りの海はとにかく圧巻で、何もせずにただ海を見ているだけで満足できます。

晴れている日には下北半島まで見えるという壮大な景色の観光スポットであり、、夜にはイカつりの漁火も間近に眺められるという函館らしい景色も広がっているのでぜひ一度立ち寄ってください。