厳しい冬に耐え生きた屯田兵の歴史!琴似屯田兵屋

琴似屯田兵村兵屋跡

明治時代初期に本州からの屯田兵が北海道へ入植する際に居住できるよう建設された木造の建築物を復元したものを現在も使用しております。琴似に入植した屯田兵の兵村と住んでいた兵屋を理解する上で重要な遺跡です。

建設当初のまま復元され現在に至る琴似屯田兵村兵屋

屯田兵屋
琴似屯田兵村兵屋跡は明治時代初期、本州からの屯田兵が北海道へ入植する際に居住できるよう建設された、木造の建築物を復元したものです

琴似屯田兵村兵屋跡は明治時代初期、本州からの屯田兵が北海道へ入植する際に居住できるよう建設された、木造の建築物を復元したものです。

道路など周辺の土地と共に残されたものであり、琴似に入植した屯田兵の兵村と住んでいた兵屋を理解する上で、重要な遺跡です。

1982年には、国から史跡の指定を受けました。

定休日
年末年始
営業時間
午前9時~午後4時
住所
札幌市西区琴似2条5丁目1番12号
電話番号
011-621-1988

屯田兵第1大隊第1中隊が正式名称でした!

屯田兵
一戸一万五千坪から階級別に下士官以上になると二万坪も支給されました。しかし、未開の土地を手作業で切り開いていくことは、なみ大抵のことではなく、しかも補助の打ち切り後の生活は決して楽ではなかったようです。

「屯田兵第1大隊第1中隊」の正式名称を持つ琴似屯田兵村では、全部で208戸の兵屋が北側に集中して建設されました。

現在の兵屋は、この208戸あった兵屋の内の一つを復元したもので、1874年に建設された「第133号兵屋」です。

133号兵屋のほかにも、建物北東側に畑や土地が当時のまま残っています。札幌市が管理・運営を行うこの史跡は、1982年5月7日に文化財の種類を「史跡名勝記念物」とし、国指定の史跡となった。

一般的な民家よりもはるかに優れたものだった屯田兵村兵屋

琴似屯田兵村兵屋
札幌本府の警備と北辺の守りをかためるために、全道の主要港湾の防備を目的としていましたが、後期になると営農を重視して、石狩川の流域に集中して兵村が置かれました。その数は、全道37村、総戸数 7,371戸、家族を合わせて約4万人が入植しました。

明治の初め頃、屯田兵が住んでいた家です。土間や囲炉裏、縁なしの畳、障子、雨戸、坐り流し(台所)など珍しいものがたくさんあるほか、屋根は柾ぶき、トイレは戸外にあるなど、現在の住宅とはかなり違った造りです。

当時としてはレベルの高い家屋だったのです。炉ばたや流し場に坐って、昔のくらしを想像してみませんか。

寒さの厳しい北国の冬。屯田兵とその家族が、寒さや心細さに耐えて、たくましく生きた「開拓者魂」が、この兵屋内に息づいているようです。

北海道の歴史を語る上でぜったに外せない屯田兵

琴似神社
1897年に琴似神社に改称。1915年現在地に移転。琴似村の住民を氏子にして明治時代には出店や芝居が催される年に一度の祭りが村人総出の楽しみだったそうです。境内には、屯田兵屋が原型のまま残されています。

北海道の歴史を語る上でぜったに外せない屯田兵。この屯田兵が残した功績は今もなお語り次がれています。

北海道の開拓をした屯田兵が住んでいた琴似屯田兵村兵屋跡には、当時使っていたものや生活の知恵などが展示されています。北海道の指定有形文化財にも指定されている貴重な跡地になっています。

最近では屯田兵を知らない世代も多くなかなか詳しく学ぶことも少なくなってきています。ここでは普段学ぶことのできない屯田兵のことがわかります。