良縁結びのなでふくろうが待っています!函館護国神社

函館護国神社

函館護国神社は函館市役所から山へむかってグリーンベルトを登り切ったところにある神社です。見晴らしがいい場所にありデートスポットにもぴったり。縁結びのご利益があるということから人気スポットのひとつでもあります

魅力溢れる函館護国神社へ

函館護国神社
明治政府が箱館戦争終結後に建てた「招魂場」が始まりと言われており、 箱館戦争の他、西南戦争、日清戦争、太平洋戦争の戦没者も祀られています。

護国神社は明治時代に日本各地に設立された招魂社が、1939年(昭和14年)の内務省令によって指定護国神社とされたものです。

この指定護国神社は、兵庫県、広島県、島根県、岐阜県では2社ありますが、北海道にはなんと札幌、旭川、函館の3社がありますが、函館護国神社は縁結びでとても有名なので、たくさんの方が訪れています。

定休日
無し
営業時間
無し
住所
北海道函館市青柳町9
電話番号
0138-21-3323

函館護国神社は縁結びのご利益アリ!

なでふくろう
ふくろうは、「不苦労」や「福朗」とも書けるので、縁起がいいということでお守りが作られたそうです。そのお守りのふくろうを、お地蔵様のように撫でればさらにご利益がある、ということで、このなでふくろうは、参拝者が必ず撫でるのだそうです。社務所のちょうど前にあります。

縁結びにご利益があると言われている「函館護国神社」です。 労知らずで過ごせるようにと願いが込められた「ふくろう(不苦労)守り」も人気です。

奉られているのが若い柱なので、若い参拝客を求めた事をきっかけとして、口コミやマスコミ情報から縁結びの神社として広まっていきました。

境内には、なでふくろうなるものがあります。赤い鳥居をぬけると石でできたふくろうがいます。それがなでふくろうです。ふくろうのあしもとにもなでふくろうとかいてあります。

私財を投じて函館の基礎を築いた高田屋嘉兵衛

高田屋嘉兵衛
高田屋嘉兵衛は廻船商人として蝦夷地・箱館(函館)に進出した人物です。国後島・択捉島間の航路を開拓し、漁場運営と廻船業で巨額の財を築き、箱館の発展に貢献しました。

護国神社へ通じる高田屋通りにそびえ立つ銅像の人物が高田屋嘉兵衛です。1769(明和6)年、高田屋嘉兵衛は淡路島都志本村に6人兄弟の長男として生まれました。

作家司馬遼太郎がこよなく愛した人物で、「菜の花の沖」の主人公にもなっています。

高田屋嘉兵衛は北海道に大きな可能性を求めて、函館を拠点として海運業を始め、択捉島、根室に港を開き、得た富を自分の為ではなく函館市民の為に使い、函館の基礎を築いたと言われています。

津軽海峡で奮戦した駆逐艦「橘」鎮魂の碑があります

駆逐艦橘
津軽海峡防衛の任にあった駆逐艦橘は敵艦載機の攻撃に2時間近くさらされ沈没したそうです。

青函連絡船及び船舶の護衛の任務にあたっていた駆逐艦「橘」の乗務員の慰霊碑もあります。

駆逐艦橘は来襲した敵機約100機の襲撃を一手に引き受け、湾内湾外で孤軍奮闘するものの、敵艦載機から2時間にわたる攻撃にさらされたそうです。280名の乗組員とともに葛登支岬灯台の南東約3海里の地点に沈没したそうです。

境内には、南太平洋地区や西イリアン、東ニューギニアやソロモン群島といった激戦区で戦没した将士の慰霊碑もあります。

函館護国神社境内の鎮魂の碑

鎮魂の碑
太平洋戦争中、南太平洋地区、西イリアン、東ニューギニア・ソロモン群島周辺で戦没した将士の慰霊碑。

函館という地は石川啄木、新撰組、夏目漱石など多くの歴史人物の由縁の有る場所として有名です。ロシアとの友好関係をいち早く結んだ場所としても有名です。

日本史上最大の内戦と言われている戊辰戦争などの戦場にもなった場所です。その多くの戦死者を祭る場所がこの護国神社です。

境内には太平洋戦争での戦没者供養の碑も…

函館護国神社のすぐ横上にはロープウェーが通っているので、ゴンドラから函館護国神社見下ろすこともできますよ。